芋・栗・南京:おとなのおやつ
- 文/木村倫子 写真/田中青佳
- 2014年10月19日
- 読了時間: 2分

「からだと中身のバランスがちょうどよかったのは、三十のころだったわ」 伯母の家で、母を真ん中にした三姉妹の誰かが言いました。 三人とも40代だった頃のことです。 10代だった私には、なんとも実感の湧かない話に聞こえて 「ベストな期間は、案外おばさんになってから来るんだな……」 なんて、黙って失礼な驚きを反芻していました。 あの頃、おばさん好みだと思っていた食べものといえば モンブラン、スイートポテト、レーズンパン、パンプキンパイ 焼き芋、南瓜の煮物、栗羊羹…… どれも美味しかったけれど、もっとカラフルなケーキの方が好きでした。 甘味には可愛くあってほしい、そんな乙女心だったと思います。 おばさんという響きの心安さと、矛盾するようですが 滋味のあるおやつ類には、どこか大人の女の嗜好品といった印象があって 近寄り難さも感じていました。 「今日は栗最中があるわよ」などとはしゃぐ中年の女性陣には 理由がおやつであれ、普段とは違う華やぎがありましたから。 ご多分に漏れず、いつの間にか私も前述の食べものがみんな好きになりました。 それはなんだか愉快なことです。 味覚の変化を語るとき、男女限らずどうして人はたいがい嬉しそうなのでしょう。 あるベテランのカメラマンさんは、近頃あんこに目覚めたのだと こちらが和菓子屋に寄りたくなるくらいイキイキと教えてくれましたっけ。 味が分かるようになったからといって、人間的に成長したことにはならない。 そんなことは当たり前にも関わらず このウキウキには、他人には言わない越し方に対する自負が ちょっとだけ含まれているような気がします。 得意になってしまうくらい若輩者である元気も。 最近冒頭の会話をよく思い出すのは、自分自身40代が身近になってきたから。 そんなにベストバランスだったかしらと首を傾げたり、そうかもと納得したり忙しいです。 母方の女性はうんと長生きですから、さらに20年後の三姉妹に 「ちょうどよかったのは70代のときだったわぁ」 と、感慨たっぷりに言われない保証はどこにもないのですが。
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