麺:そば湯気分
- イラスト・文/木村倫子
- 2016年7月18日
- 読了時間: 2分

つい最近まで、そば屋に入るのは時間のないとき一辺倒でした。 昼間からちびちび飲むほど馴染みの仲になったわけではありませんけれども あれ、こんなに美味しかったっけ? という日がじりじり増えて この夏はそれに拍車がかかっているような気がします。 打ち合わせや撮影で、ときどき仕事先のみなさんとお昼をいただくことがあるのですが 先日、撮影のお昼休みに入ったのもおそば屋さんでした。 引き戸を開けると、期待が高まる甘辛い香り。 私たち以外、店内はすべてワイシャツ姿のサラリーマン。 居職の身にはめずらしいランチタイムの活気に満ちていました。 私はカメラマンさんのFさんと同じ、天丼とざるそばのセットを頼みました。 Fさんはうんと年下で小柄でのすっきりした女性です。 天丼セットは、そんな彼女と同じでよかったのか心配になるほどのボリュームでしたが 濃すぎるくらいのつゆとたれを美味しく感じる、しっかりしたおそばでした。 きれいに食べ終えたFさんが、そば湯を注いだ蕎麦猪口をゆっくり傾けたときのこと。 胃まで続くあたたかさを想像して、なんとなく喉元を見送っていると 彼女は、はぁっと短いため息をつき にこっとして「さて、帰るかっ」と軽く腰を上げるしぐさ。 まだ午後の撮影がたっぷり残っていましたから 一同「またまた~」と笑って、すぐに私もそば湯をいただきました。
「………これは帰りたくなるかも」「ですよね〜!」 とろみのあるひとくちは、軽いお風呂ぐらいの威力があって 可笑しいほど、そば湯気分を共有してしまったことでした。 なかなか緊張の多い日だったせいもあるかもしれません。 こういうときが積もり積もって、好物はできあがるのですね。 味覚の変化は、めぐり合わせも相俟って心地いいような油断ならないような しかしどちらに流されても困らないから気楽でけっこう。 あれから二回、ひと月で三回おそば屋さんへ行きました。
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