ビール:とりあえずビール
- 文/田中青佳 イラスト/木村倫子
- 2015年6月7日
- 読了時間: 2分

「とりあえずビール!」
居酒屋でよく耳にする、その定番の言い回しが嫌いでした。
お酒は大人だけに許された神様からのギフト、と思っている私には
なんでもいいけど~的なニュアンスを含む表現に聞こえて、
どうも敬意に欠けている気がして、苦手だったのです。
乾杯まで時間が空かないよう、まずは注文しましょうよ、という気遣いだとわかっていても
若さゆえの堅くなさでしょうか。どうしても受け入れられませんでした。
そんな私も少し年を重ねて、いい具合にいろんなことがテキトーになり、
今や普通に「とりあえずビール!」になりました。
(居酒屋で、そう言って注文するわけではないんですけどね。)
長い原稿をやっとのことで書き終えて
お風呂場で、じゃぶじゃぶ水遊びに何十分も付き合って
もっともっと!と何冊もの絵本をせがんだ娘が、やっと眠りについて。
そうして、やっとやっと出来た自分時間の入り口は、いつだってビール。
ぷしゅっ とくとくとく…その心地よい音に酔いしれた直後。
冷たいビールがひゅうっと喉を通りぬけ、プハーッと一息。
そう、ビールはいつも、「こっち側」の入り口を開けてくれる特別なカギ。
シャンと背を伸ばす「あっち側」から、のんべんだらりな「こっち側」へ。
そんなことを書いていたら「とりあえずビールって言い方する人とは恋愛できないわ」なんてボヤいていた20代の頃も、肌色ストッキングを脱ぐよりも前に、缶ビールを手にしていたことを思い出しました。
なんだ、私ってば、もうあの頃から「とりあえずビール」だったんだ…!なんて気付いたりして。
「とりあえずビール!」
今は、そう聞くと、ただただ愛しいです。
うんうん、いいね。今日も自分の役割をがんばって果たしたんだね。
さぁさぁ早く「こっち側」へおいで。
海か空でも眺めながら、お気に入りの音楽をかけて、ダラダラしよう。
…そんな、心の中でそっと呼びかけてしまうほどに。
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