贈り物:Tさんからの便り
- 文/木村倫子 写真/田中青佳
- 2014年12月14日
- 読了時間: 2分

ときどき、まったく不定期に食材の入った荷物が届きます。
畑のある実家から届く、お米や野菜のことではありません。 その荷物には、手紙の類いは何も入っていなくて いつも旬の食材がいさぎよく一種類、どーんと詰まっています。 送り主のTさんにはじめて会ったのは、10年程前のひどく寒いお正月 帰省して、小高い川縁をぶらついていたときのことでした。 私は近々フリーランスになる予定があって、考えてしまうことばかりで ぼんやりしていたんだと思います。 向こう岸の方に見えていたはずの小舟が、いつの間にかすぐ足もとまでやってきていました。 舟を漕いできた釣り人のおじいさん(であったTさん)は、
機嫌よく言いました。 「乗ってかない?」
いろいろ可笑しいので笑って断ると 「じゃあ、魚見る?」と言って 楽しげに舟底の蓋を開け、たくさん釣れた大きな魚を見せてくれました。 あれこれ世間話をしている内に、どの辺りの方だか分かってきたりもして 結局、実家まですぐの川原まで乗せてもらったのです。 牧歌的なのか不用心なのかよく分からないみたいな話ですが 行き当たりばったり加減も含めて 冷たく澄んだ川の真ん中を進むのは、爽快で胸のすく出来事でした。 せまい田舎のこと、屋号など少し話せば私が誰の子供で孫か分かったTさんは その後、私の父と釣りをするほど仲良くなり 昔、食品関係の仕事をしていたから伝手があって、ときどき皆に送っているのだと 私達親子それぞれの所にも、冒頭のような食材を送ってくれるようになりました。 Tさんは耳が遠いので、お礼は葉書を出します。 数えてみたら、片手で足りるほどしかお会いしたことがないのですが 食材と葉書は、何回往復したかもう分かりません。 ただただ「あの日は、面白かったね!」と言い合っている気がすることがあります。
でも、後ろ向きな感じはしません。 共有した面白さが古びなければ、そんなものかもしれません。 友人知人にお裾分けしたり、お客さんを呼んで鍋にしたり お礼状に近況を書き加える度に、あの爽快さが更新されていきます。 もし、いま親しくしている人達に、急にしょっちゅうは会えなくなったとして 贈り物ひとつで、愉快な気分になってもらえる付き合いができているかしら。 そんなことも思うのが、Tさんからの便りです。
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