top of page
後でもう一度お試しください
記事が公開されると、ここに表示されます。
Recent Posts
Featured Posts

本:味な名脇役

  • 文/木村倫子 写真/田中青佳
  • 2014年8月17日
  • 読了時間: 2分

向田邦子が乗ったタクシーの運転手は、自分はドラマを灰皿で観ると言ったそうです。※1 めずらしい見所ではありますが、確かに若い女の部屋に 伏線でもなく、ごつい硝子の灰皿があったら落ち着かないでしょう。 これが食べものだったら…と置き換えると、さらに共感できるというもの。 シリアスな場面で、強面の男がワンプレートのカフェごはんを突いていては 拍子抜けしてしまいます。

『蝶花喜遊図』(田辺聖子著)に登場するのは、二人でいると満ち足り過ぎて 『世間並の欲望はことごとく指のまたから、すべりおちてゆく』ような男女。 二人の食の好みはぴったりで、簡素な生活を楽しみ尽くしているのですが 完結しすぎた幸せに潜むものとは…… というボヤボヤできないお話です。

しかし読後決まって思い出すのは、いざこざのせいで二人に美味しく食べてもらえなかった 『たくさん作って冷凍してある小さい鶏のミンチボールと白菜を、

土鍋でぐつぐつと煮』たものでした。 冷凍ミンチボールは、仕事が忙しくなることを見込んで女が作っておいた一品。 普通なら甲斐甲斐しい話だけれども、 ここでは作り溜めなんて必要なかったそれまでの暮らしとの違いが浮き出た献立です。 それが噛み合わない会話をしてる間にも煮詰まっていく…… ぜったい美味しいのに!! でも、この残念な気持ちは食いしん坊すぎて話の本筋を見失ったのではなくて 食いしん坊だからこそ味わえる物語の細部なのです。 くたくたになった白菜の名演技に、どうぞ盛大な拍手を! 『小さなトマトとクリームチーズ、そして黒パン』、 これは『カティアが歩いた道』(須賀敦子著)に登場する朝食です。※2 20代半ばでパリに留学した須賀敦子と、40歳手前のドイツ人カティアはルームメイト。 これからの生き方を模索する者同士、共感を深めていきます。 狭い寮の一室で、カティアがわざわざ故国から持ち込んだ黒パンを薄く切り 著者と分け合うシーンが印象的でした。

読後、たまたま近所に本格的なドイツパンの店があったものですから クリームチーズとトマト、最後に塩胡椒という同じトッピングを試してみました。 ドイツパンの噛み応えやわずかな酸っぱ味を感じると 『手応えのある同居人』であったカティア像がぐんと迫ってきます。 夏になると食べたくなる味です。 ※1向田邦子の随筆『灰皿評論家』より(『女の人差し指』に収録) ※2『ヴェネツィアの宿』に収録 余談:偶然3人の作家は、ほとんど同い年でした。

 
 
 

Comments


Follow Us
Search By Tags
Archive
  • Facebook Basic Square
  • facebook-square

© 2014 by Aonori.

bottom of page